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《プロ野球と高校野球【2】》プロ選手に直接教わる「夢の向こうに」

プロ選手に直接教わる「夢の向こうに」

日本野球機構(NPB)と日本プロ野球選手会、日本高校野球連盟の3者が連携する取り組みの一つに、「プロ野球現役選手によるシンポジウム『夢の向こうに』」があります。高校生が直接、プロ野球選手から心構えや考え方を教わったり、技術的な指導を受けたりする講習会です。今では、シーズンオフの恒例行事として定着していますが、その実現までには長い時間が必要でした。

プロ野球と高校野球【1】長い断絶からの雪解け、協調へ

「夢の向こうに」の開始式で「プロ選手にどんどん質問してください」と高校生に呼びかけるコーディネーターの英智さん=2025年12月13日、福井県永平寺町の福井工大屋内練習場で
「高校野球に恩返ししたい」

1934(昭和9)年にプロ野球が誕生して以降、先に誕生していた学生野球との間ではトラブルが続き、両者の関係は断絶していました。その構図が大きく変わったのは、2000年代に入ってからです。

2002(平成14)年の夏、日本プロ野球選手会の事務局長だった松原徹さん(故人)から日本高野連に対し、高校野球への支援についての相談がありました。選手会が主催したオークションの収益金約1000万円を役立てたい、とのことでした。

当時、日本高野連事務局長だった田名部和裕さんは「大きな金額もさることながら、思いもよらぬ突然の申し出に大変驚いた」と振り返ります。

この善意を生かそうと、21世紀を迎えてなお選手権地方大会で勝利したことのない1320校に、ボールを半ダースずつ贈ることになりました。選手会の森忠仁・現事務局長によると、あるベテラン選手が「高校野球に恩返ししたい」と、当時の松原・事務局長に語ったことが申し出の始まりだったそうです。

プロ側の提案で、ボールを送る際にプロ選手がはがき大の用紙に書いた激励のメッセージも同封されました。選手それぞれが高校野球への熱い思いをつづった、素晴らしい内容だったため後日、製本して全国すべての加盟校に贈られました。

本のタイトルは「夢の向こうに」。

翌2003年度から始まることになる「プロ野球現役選手によるシンポジウム『夢の向こうに』」のネーミングの由来です。

プロ選手からのメッセージがつづられた冊子「夢の向こうに」
プロが高校生指導、半世紀ぶり実現

ボールの贈呈を機に選手会と日本高野連に接点ができ、その年のオフに現役プロ選手がその経験や考え方を高校生に直接語りかけ、技術的なアドバイスもするシンポジウム「夢の向こうに」が開かれることになりました。

2003年12月26日。大阪市の大阪国際会議場に、近畿2府4県の151校から1、2年生部員と指導者ら計2459人が集まりました。プロ側は、投手では井川慶(阪神)、黒田博樹(広島)、野手では当時の選手会理事長だった立浪和義(中日)、新井貴浩(広島)の各選手ら11人。栗山英樹さんがコーディネーターを務め、高校生からの問いかけに身ぶり手ぶりを交えて答えました。

「きれのある球を投げる方法は?」に対して左腕の井川投手が体をひねってから右足を送り込むフォームを披露したり、立浪選手が高校生にバットを持たせてバックスイングの大切さを教えたりしました。

この日、日本高野連の脇村春夫会長、日本野球機構(NPB)の川島広守コミッショナーのトップ2人も列席し、あいさつしました。

脇村会長は「選手会の方々がボールを贈呈くださったこと、そのお気持ちがなければ、きょうの会はありませんでした」と述べ、プロ選手側からの働きかけが大きな転機だったと明かしました。そして「もっと太いきずなができることを祈念します」。

川島氏も「かけがえのない出会いの機会。自分の人生にとって大事な時間として受け止め、真剣に勉強してほしい」。閉会後には「プロ選手が自分しか持たないものを披露してくれたことに感動した」と話しました。

高校生がプロから直接指導してもらう――終戦間もない頃から約半世紀にわたり禁止されていたことが、ようやく実現しました。

初めて開かれた「夢の向こうに」で高校生の質問に答える赤星憲広選手(阪神)=大阪市西区で2003年12月26日撮影(毎日新聞社提供)
関係改善に向けて覚書締結

2002(平成14)年11月に日本高野連会長に就任した脇村春夫会長は、プロ野球との関係改善を最重要課題とし、プロアマ検討委員会での協議を要請していました。

2003(平成15)年1月、日本高野連会長として初めて東京のNPBを訪問。両組織のトップが公式な形で初めて会談し、今後は事務局長レベルで協議会を作り、協力体制を深めていくことで合意しました。7月には川島コミッショナーがプロ野球のコミッショナーとして初めて、大阪の日本高校野球連盟を訪問しました。

同年12月の第1回「夢の向こうに」の際にも両者は大阪で会談し、年が明けて2004年1月8日、東京で「夢の向こうに」が開催された際、脇村会長はNPB事務局を訪れ、ドラフト制度に関する要望書を手渡しました。川島コミッショナーは1月26日に要望内容をプロ野球実行委員会に諮り、了承を取り付けました。

そして、日本高野連とNPBは1月28日、野球界発展のため、健全な関係を醸成することを共通の目標として、覚書を締結しました。要旨は以下の通りです。

(1)
NPBは新人選手選択会議の対象となる高校生には自由獲得枠を採用しない。
(2)
ドラフト制度において、高校生に関する内容を変更する場合、事前に日本高野連に説明し、理解を得る。
(3)
球団による高校生の勧誘や獲得に関し、プロ・アマの健全な関係を阻害する行為があったとき、その恐れがあるとき、日本高野連とNPBの双方が誠意をもって事実関係を調査し、明らかにしたうえで、是正措置を講じるとともに、当事者に対し、適切な指導、処置を行う。その阻害行為が著しい場合、処分を行う。
関係改善に向けた覚書を交わす日本高野連の脇村春夫会長(右)と日本野球機構の川島広守コミッショナー=2004年1月28日、東京都内(朝日新聞社提供)
福井県28校の部員200人が参加

2003年度に大阪、東京の2カ所で始まった「夢の向こうに」は、翌年度からは年に6カ所ずつ行われ、2011年度までの9年間で47都道府県を一巡しました。その後も年に2カ所ほどのペースで開催し続けています。

2025年12月には、福井県で開きました。永平寺町にある福井工大の屋内練習場をメイン会場に、福井県高野連加盟の全28校から1、2年生の部員約200人が参加しました。

プロ野球側は、福井工大福井出身の篠原響さん(西武)ら現役選手14人が講師となり、いずれも野球解説者の田口壮さん(元カージナルス、オリックス)、英智(ひでのり)さん(元中日)、T-岡田さん(元オリックス)の3人がコーディネーターを務め、オリックス所属のコンディショニング担当2人も指導にあたりました。

守備練習を始める際、コーディネーターの田口壮さんの話に聴き入る高校生たち

高校生たちは、投球、内野・外野守備、打撃、走塁、トレーニングなどの練習ゾーンに分かれて指導を受けました。

内野守備を指導した田口さんはキャッチボールを始める前、プロの内野手4人に、それぞれ最も意識しているポイントを挙げてもらいました。

「どんな距離でもラインを外さない。相手の胸元を目がけて」「捕球したらすぐに球を握り替える。よく回転し、まっすぐ伸びる球を投げられるように」「相手の胸元へ低いライナーで投げる」「練習ではなく、試合に向けた準備だと心がけている」

高校生から「速い打球がきたとき、どうしても力が入ってしまうんですが……」という質問があり、佐々木泰さん(広島)が「サードの場合、速い打球が来ても前に落とせば、拾ってから一塁に投げても十分に間に合う。腰を落として待つ。グラブは下につけて」と答えました。田口さんも「いまの指摘は重要。グラブの動きは『下から上へ』が基本です」とアドバイスし、ノックが始まりました。

内野手の捕球について腰を落としてアドバイスする佐々木泰選手(広島)
教えることが自らの振り返りにも

打撃練習は8カ所に分かれてのロングティーで、高校生は1人あたり数分間、みっちり打ち込みました。この時も、プロ選手がそれぞれ重視するポイントを伝えました。別会場でのマシン打撃では、T⁻岡田さんが一人ずつ身振り手振りを交えて指導していました。

打撃を指導した古川雄大さん(西武)は大分県出身で、高校生の頃にプロ選手のプレーを生で見るような経験はなかったそうです。

「自分が習ってきたことを教えることで、この子たちの成長につながれば。みんな、スポンジみたいに吸収する。短い時間ながら、最初よりもきれいにスイングするようになった。自分でよく考え、『こうですか?』『こうですか?』と意欲的に聞いてくれるので、こちらも、うれしい。自分が監督やコーチ、トレーナーに教えてもらったことの振り返りにもなる。子どもが大好きです。こういう取り組みには協力していこうと思います」

2025年ワールドシリーズのテレビ中継で解説を務めた田口さんは、現地での逸話を紹介しました。第5戦の後、ロサンゼルスからトロントへ長距離移動したドジャースの選手たちが球場に集まり、始めにやったのが緩いゴロを捕る守備の基礎練習だったそうです。

「体力的にも精神的にもボロボロの状態でも、ルーティーンの基礎練習を怠らない。王者の意地、プライドを感じました。こういうチームは強い。最後に試合をひっくり返せたのは、基礎練習を大事にする姿勢があったからこそだと思います」

ティーバッティングの際にアドバイスする古川雄大選手(西武)
「野球人口を増やす」が共通目標

閉会式では、福井県高野連の松島真章会長が高校生に呼びかけました。

「プロ選手から指導を受け、まさに夢のような出来事でした。これを経験した君たちがどう変わっていくのか、さらに、高校野球に入ってくる子どもたちに対し、何ができるのかも問われます」

「大いに夢を語ってください。『ホームランを打ちたい』『完全試合をしたい』『一勝する』『レギュラーをとる』……と言った瞬間から、行動が伴うようになります。努力することで夢が一歩ずつ近づきます。夢を語り、チーム一丸となって成長していってください」

田口さんは「プロ選手と高校生が一緒にやっている姿はとてもいいものです。垣根がなくなっていくのが一番。どんどん交流し、精神的にも技術的にも、もっとスムーズな野球界になることを望みます。こういう機会がもっと増えれば良い」と話しました。

日本プロ野球選手会の森事務局長は「高校野球の指導者になりたいと思っている選手はたくさんいます。プロ野球で積み上げてきた経験を教えられたらなあ、という自然な気持ちからです。始まった当時は高校生と接点を持つことが難しい中、やれることから始めました。高野連の皆さんと協力し、すばらしい取り組みになりました。これからも共に歩んでいきます」と話します。

バットを振りながら打撃を指導する寺地隆成選手(ロッテ)

次回「プロ野球と高校野球【3】」は、「プロ野球界からの使用済みボールの提供」について紹介します。

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