都道府県からの派遣審判を倍増
阪神甲子園球場で行う選抜大会、選手権大会の審判は、大会ごとに「審判委員」として委嘱しています。関西や関東でキャリアを積んできた審判と、各都道府県において実力が認められた派遣審判8人を加えた50人余で構成してきました。今年の第108回全国高校野球選手権大会では、派遣審判を16人に倍増するとともに、高校野球の審判として実績のある女性審判5人を甲子園大会で初めて起用し、総勢60人体制で臨みました。多様な人材が審判委員として甲子園のグラウンドに立つことで、そこで得た経験や知見を各都道府県に還し、全国の高校野球審判の資質が向上することを期待しています。
大会後半には球審も担当
派遣審判制度は1963年の第45回全国選手権大会から、国民体育大会(現国民スポーツ大会)を開催する都道府県の審判を養成する目的で始まりました。その後、選抜大会でも採用され、近年は都道府県高野連から交代で派遣された計8人が、大会前半に塁審を担当してきました。16人に増やした今夏の選手権大会では、大会後半にも派遣審判を起用し、球審も担当することとなりました。
長谷川到さん(50歳・福井)は、第103回全国選手権大会に続き、2度目の派遣審判として甲子園でジャッジしました。
小学2年から30歳まで野球を続けた後、審判となった長谷川さんは、高校野球連盟を含む県内すべての野球団体が加盟する福井県野球連盟審判部に20年間所属するベテランです。前回は二塁、三塁の審判を務めました。「球児のあこがれの舞台に立てて感激しました。一つ一つの所作がとても勉強になりました」と当時を振り返ります。
今回は8月12日に甲子園入りした翌日、大会第9日第3試合で球審を務めました。いきなりの球審担当に、試合前はとても緊張したといいます。「塁審は審判団の一員ですが、球審は扇の要に立ち、指揮者としてタクトを振る立場。プレッシャーは大きく違います」
それでも試合が始まると、内野ゴロでは一塁カバーに移動する捕手と同じ方向に全力で走り、攻守交代ではベンチに向かって大きな声で「さあ、頑張っていこう」と選手を励まし続けるなど、はつらつと球審を務めました。
今大会から、派遣審判も球審を務めることとなり、「うまくいかなかったら、次はない」というプレッシャーも感じていたと長谷川さんは言います。試合後、ネット裏で先輩の審判委員たちから「よくやった」と声を掛けられると、感激して涙を流していました。
「あんな大声で、『ありがとうございました』と返したのも初めてです」と感慨深げでした。
大会第9日 第3試合で球審を務める長谷川到さん(朝日新聞社提供)
「審判としても甲子園を目指して」
佐賀県の土谷直樹さん(52)は高校野球審判歴12年目にして初めて、派遣審判として甲子園大会の審判委員となりました。
甲子園入りした初日の12日は経験豊富な審判委員の動きを学んだ後、翌日の大会第9日第2試合で一塁塁審を務め、第4試合では、控え審判にも入りました。控え審判はネット裏で、2人一組でスコアを付けながら両チームのタイムの回数をカウントするなど、グラウンド上の審判を補助します。今大会からビデオ検証が導入され、テレビの中継局と連絡を取り、審判幹事とともに画像を確認するという役割も増えました。
3日後の第12日の第1試合では球審も務めました。「先輩から『投手のテンポが速いので立ち後れないように』と言われていたので、スムーズに試合に入ることができました。甲子園は選手、審判が同じ方向を向いて試合を作っていくような一体感があります」と話した土谷さん。「審判を目指すのであれば甲子園のグラウンドに立つことを目指してほしい」と若い審判にエールを送ります。
大会第12日 第1試合で球審を務める土谷直樹さん(朝日新聞社提供)
初めて女性審判を起用
女性の審判委員5人は開幕直前の8月3日に兵庫県西宮市入りし、初日の開幕試合から大会第7日の同11日まで、それぞれ二塁塁審、三塁塁審、ナイター試合での外審、控え審判を1回ずつ務めました。
第3日の第4試合で二塁塁審を務めた神奈川県の岩男香澄さん(33)は試合前、球場のネット裏から両チームの選手たちが待つグラウンドへつながる階段を他の審判委員とともに上がる時が一番緊張したといいます。
高校まで女子野球の選手だった岩男さんは、お父さんが審判をしていたこともあって、2011年から神奈川県野球連盟で審判として活動しました。グラウンドに立つにあたっては、「役割は違うけど、選手と一緒に走って試合を作っていく」を信条にしてきたといいます。その言葉通り、クーリングタイム明けには、選手とともにグラウンドに駆け出していました。
六回、投ゴロで帰塁した二塁走者に対するタッチプレーでビデオ検証を求められました。「ビデオ検証は正しい判定を選手に返す取り組みと聞いていましたし、時代に合わせた新しいやり方。結果が出るまでドキドキはしましたが、間違っていたらどうしようとは考えませんでした」と話します。
大会第3日 第4試合で二塁審を務める岩男香澄さん(朝日新聞社提供)
次の世代にバトンをつなぎ
同じ試合で右翼の外審として、初めて甲子園の公式戦に立った栃木県の和田佳奈さん(29)は「後に続く人のことを考えたら失敗はできない。それは大きなプレッシャーでしたが、負けてはいけないと自分に言い聞かせていました」と話しました。飛球を見上げた際、照明が目に入らないよう角度を測るなど落ち着いていました。
高校で野球部マネジャーだった和田さんは、2016年に卒業してすぐ審判を目指しました。当時、女性審判はまだ珍しく、監督に「強い打球をよけられるのか」と心配されることもあったといいます。「冷静さと謙虚さを忘れず、選手に分かりやすいジャッジ」を心掛けながら10年間経験を積み、甲子園での女性審判の一員として声が掛かりました。
岩男さんと和田さんは「私たちの経験が後進につながれば」と声をそろえます。近年、各都道府県で若い世代の審判希望者は減り、審判組織は高年齢化しています。岩男さんは「マスクの付け方から教えてもらった私が甲子園の舞台に立てた。私たちの姿を見て、興味を持って、始めたいと思ってもらえれば」との意を強くしたといいます。和田さんも「甲子園に立つという夢をあきらめないでほしい。選手で夢破れても、次のステップでも目指すことができる」と話しました。
大会第3日 第4試合で右翼外審を務める和田佳奈さん(朝日新聞社提供)
「意欲と能力があればチャンスが」
日本高野連の井本亘事務局長は「今の社会は意欲と能力があれば、だれにでもチャンスがある時代になっています。高校野球の社会での立ち位置を考えた時に、男女を問わず、日々頑張っている方々にはより多くの活躍の場を準備するのも我々の使命だと考えます。今大会委嘱した60人の皆さんに、日ごろの鍛錬と努力の成果を発揮してもらったことで、全国の審判の皆さんのモチベーションアップや、審判をやってみたいと思う人たちが増える要因につながってくれたら、との思いがあります」と話します。