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金属製バットはなぜ変わったのか

高校野球で金属製バットが導入されたのは1974(昭和49)年のことです。すでに半世紀の歳月が過ぎました。

その間、課題や問題が生じるたびに専門家の知見を仰ぎ、関係者で知恵を出し合い、現場の意見も反映しながら対処してきました。今春の第96回選抜大会からは、また新たな基準のバットが使用されています。

高校野球に金属製バットが導入されたいきさつから現在までの歩みを振り返ると、時代とともに変わる高校野球の姿が浮かび上がります。

毎日新聞社提供
金属製バットの導入--1974年

日本の高校野球関係者が金属製バットと初めて出会ったのは、1973(昭和48)年6月にまでさかのぼります。

20年来、親善試合を行っていたハワイの高校野球チーム側から、「アルミ製の金属製バットを使用してもよいか」という打診がありました。素材は軽量のアルミで強度があり、米国では2年前から高校・大学で使用しているということでした。

当時の日本には木製バットしかありませんでした。需要増加に材料不足が加わり、天然乾燥では間に合わないことから、各メーカーは人工的に乾燥させて量産に励んでいました。ただ、それらは従来のものと比較して折れやすく、加盟校の経費負担が増えるという課題が出てきていました。

木製より耐久性のあるバットがあるなら研究してみる必要があると考え、親善試合での使用を認めるとともに、サンプルの持参をハワイ側にお願いしました。

親善試合終了後、金属製バットの導入について、日本高野連の審判規則委員会や常任理事会で協議しました。「金属と木製では反発力が異なるため時期尚早」、「金属製バットの基準を策定してから導入すべき」といった慎重な意見が多数でした。

しかし、当時の佐伯達夫会長は「高校野球は限られた部費で日々活動をしており、経費がかかり過ぎることで将来の発展に問題がある。木製バットは今後も値上がりが予想されるため、ここで思い切った措置が必要」 と積極的に導入していくことを提案しました。

基準については、「私達は金属製バットの特性、性質をよく知らず、知識も十分ではない。この段階で不十分な基準を作っては、製品開発は伸びない。思い切って導入すれば、各スポーツメーカーは、こぞって製品開発競争に取り組む。今後、製品開発の状況を見て、一定のレベルに達したところで線を引く、つまり基準を策定すればよい」と主張しました。

佐伯会長の意向を受け、翌年の1974(昭和49)年3月の常任理事会で、金属製バットの導入を機関決定。その年の第46回選抜大会後の春季都道府県大会から使用出来ることになりました。同時に、米国で実績のある2社の金属製バット3600本を日本高野連が一括購入し、各校に2本ずつ配布しました。

基準の策定--1975年

加盟校の経済的な負担軽減を理由に金属製バットを導入したものの、同時に安全面についての対応も急がれました。

導入翌年の1975(昭和50)年、金属製バットは消費生活用製品安全法(消安法)の特定製品に指定を受けました。通産省が1973(昭和48)年3月に制定した消安法の特定製品となった製品は、定められた基準(S基準=Safeの略称)を満たしていないものは国内で製造、販売ができないという制度です。

この制度に基づく製品の認可、検査などを担当したのは、同法によって特別認可法人として設立された製品安全協会で、このS基準を満たした製品で事故が起きた場合は賠償を受けられる制度です。日本高野連の担当者や工学者、メーカー関係者らが実験を重ねながら議論し、強度についての基準を定めました。

具体的には、ボールが当たる部分「打球部」から、ダンベル型と呼ばれる試験片を切り取って引っ張った際の伸び率や破断の状況について規定しました。素材が堅すぎると割れて破片が飛び散り、けがをする恐れがある一方、柔らかすぎても耐久性がないということになります。

1980年代に入ると日米貿易摩擦が問題となり、その影響を受けて金属製バットは1983(昭和58)年に消安法の特定製品指定から除外されました。そのため、金属製バットの規制はS基準の内容のまま、製品安全協会やメーカーなどによる自主基準であるSG基準(Safe Goodsの略称)に変更されました。この基準に適合した製品のみがつけられるのが「SGマーク」で、高校野球では、SGマークのついた金属製バットしか使用できません。

製品安全協会 非木製バットのSG基準

商品開発とSG基準の改正--1986年

各メーカーは開発競争にしのぎを削り、金属製バットの性能はどんどん進化していきました。

1984(昭和59)年ごろには、打球部の肉厚を薄くしたバットが出てきました。スイングしたバットにボールが当たってバットがへこみ、元にもどろうとする力でボールははじき返されます。これは「トランポリン効果」と呼ばれ、へこみが大きいほど、飛ぶ力も大きくなります。バットの肉厚を薄くすればへこみが大きくなり、それに伴いボールをはじき返そうとする力も大きくなり、打球の飛距離が伸びます。

ただ、薄くすればそれだけ、割れやすくもなります。そうなると、安全性に問題があるうえ、加盟校の経済的負担の軽減という当初の導入目的とも相反してしまいます。

そのようなバットが広く出回るようになっていることを受けて製品安全協会は、金属製バット安全基準検討委員会を設置し、基準の見直しに着手しました。その結果、1986(昭和61)年にSG基準は見直され、打球部の金属の強度を規定するだけでなく、グリップやテーパ部(グリップと打球部の中間部)の強度を測る試験が加えられました。

音響対策基準を追加--1990年

金属製バットは元来、木製に比べて打球音が高いのが特徴です。そのため、当初は打球部の内部にウレタンが詰めてありました。しかし、バットを振り抜きやすいよう軽くするため、このウレタンが抜かれた製品が出てくるようにもなりました。

「カキーン」という打球音は打者には“快音”に聞こえるかもしれませんが、ウレタンが抜かれたバットによる甲高い打撃音により、選手や審判の聴力障害が指摘されるようになりました。

このため、日本高野連は専門家に依頼し、バットの音響による聴力損失についての調査を実施。その結果を受けて1990(平成2)年にはSG基準に、音響対策についての基準値が追加されました。

「N」マーク--2001年

佐伯達夫会長の後を引き継いだ牧野直隆会長は、金属製バットの早期導入を決意した佐伯会長の英断を評価するとともに、「金属製バットを魔法の杖にしてはいけない」と、木製バットに近づけるよう打撃性能の抑制に取り組みました。

当時、金属製バットを使用していた社会人野球団体とも連携して打撃性能をコントロールするためのアマチュア野球団体独自の規定を1999年にまとめあげ、以下のように公認野球規則に記載しました。

アマチュア野球では、金属製バットを次のとおり規定する。
①最大径の制限--バットの最大直径は67mm未満とする。
②質量の制限--バットの質量は900g以上とする。
③形状の制限--金属製バットの形状は、先端からグリップ部までは、なだらかな傾斜でなければならない。
なお、なだらかな傾斜とは、打球部からグリップ部までの外径の収縮率(全体傾斜率)が、10%を超えないことをいう。
また、テーパ部の任意の個所においても、50mmの間での外径収縮率(最大傾斜率)は、20%を超えないことをいう。

この規定を満たしたバットには「N」のマークが表示されました。2001(平成13)年秋からはバットの安全性を規定するSGマークに加え、「N」マークが表示されたバットを使うことになりました。

「R」マーク--2024年

投げすぎにより投手がひじや肩を痛めることが問題視されるようになり、2019年(平成31)年に「投手の障害予防に関する有識者会議」が開かれました。投球数の制限などについて議論したその席で、金属製バットが飛び過ぎるので是正する必要があるのではないかという意見も出ました。筋力トレーニングについての研究なども進むにつれ、高校野球でも選手のパワーは向上し、再び「打高投低」の傾向が強まっていました。

また、同じ年の夏の全国選手権大会では、投手が打球を顔面に受けて頬骨を骨折するという事故が発生しました。練習試合で打球が当たった投手が亡くなるという痛ましい事故もありました。

これらを機に、日本高野連は製品安全協会とも連携しながら、新たな対応策の協議を始めました。
目指したのは以下の2点です。
①打球による負傷事故の防止(特に投手)
②投手の負担軽減によるケガ防止
そのためには金属製バットをより木製バットに近づけられるよう、2022年に日本高野連独自の規定を定めるとともに、SG基準も改正されました。

大きな変更点は以下の2点です。
①バットの最大直径をこれまでの67mm未満から64mm未満と変更する。
②打球部の肉厚を従来の約3mmから約4mmとする。

金属製バットのグリップ上部に表示されたマーク。
左が従来の「N」マークが入ったバット。
右は新しい基準の「R」マーク。
新旧金属製バットの打球部の断面。左が従来の「N」マークのバットで肉厚約3mm、最大直径67mm未満。
右が新しい基準の「R」マークのバットで肉厚は約4mm、最大直径64mm未満と規定されている。

①は従来、公認野球規則に記載されていた規定を改正しました。社会人野球は2002年に木製バットに切り替えていたため、今回は日本高野連独自の「金属製バットの新基準」として定めました。

この基準を満たしたバットには従来の「N」に代わって「R」のマークが表示されます。

②はSG基準に、新しく反発性能規定が盛り込まれました。打球部の圧縮試験を導入し、適合するには厚さ4mm程度が必要になりました。

重さは従来と同じ900g以上のままながら、より細く、打球部の厚みが増したことで、日本高野連の実験では、打球初速が約3.6%減少し、反発性能も5%から9%落ちました。

2年間の猶予期間を経て2024年(令和6)年の選抜大会から、高校野球では、SGマークと「R」マークが入った金属製バットを使うようになりました。

新基準バットへの買い換えは新たな経済的負担となることから、2023年秋以降、希望した加盟校3814校に新基準のバットを3本ずつ配布。導入を決定した2023年は夏の選手権大会(第105回)、春の選抜大会(第95回)がともに5年ごとの記念大会にあたることから、それぞれを主催する朝日新聞社、毎日新聞社とともに記念事業の一環として実施しました。

バットに込めた思い

金属製バットが日本の高校野球で使われるようになってすでに半世紀。その間、何度も基準が改正されてきました。その根底には、選手たちに安心して野球を楽しんでほしいという思いが流れています。それが日本高野連の願いであり、そのための環境づくりが使命だと考えています。

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