体罰や暴言によらない教え方を追求
日本高校野球連盟は、若手指導者育成を目的とした「甲子園塾」を2008年度から開いています。原則として指導歴10年未満の指導者を対象にした3日間の研修会で、2024年度は11、12月に2回に分けて行われ、47都道府県から計54人が参加しました。
これからの高校野球界を引っ張っていく指導者を育てるための甲子園塾について、2回に分けて紹介します。

全都道府県から若手指導者が参加
甲子園塾の開講当初からの目的は、体罰や暴言によらない適切な指導方法を追求することです。春夏の甲子園を経験してきたベテラン指導者らが、グラウンドで惜しみなくその指導方法を伝えるほか、生徒とのコミュニケーションの取り方、不祥事への考え方、大会や都道府県連盟の運営についてなどの座学講習や、指導方法や体罰についてのグループトークもあります。
2024年度の甲子園塾は前半の第1回が11月29~12月1日、後半の第2回が12月13~15日にありました。座学は大阪市西区の日本高等学校野球連盟(中沢佐伯記念野球会館)で、実技は大阪府、兵庫県の加盟校のグラウンドで行いました。北海道、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫の7都道府県から2人ずつ、他40府県から1人ずつの計54人が、27人ずつに分かれて参加。毎年度、全47都道府県から参加しています。
講師陣は、2024年度に第3代の塾長に就いた日本高野連技術・振興委員長の正木陽さん(元高知商監督)をはじめ、U18日本代表監督の小倉全由さん(元日大三監督)、沖縄尚学監督の比嘉公也さん、栃木県立石橋の監督の福田博之さん、東京都高野連専務理事の根岸雅則さん、宮崎県高野連理事長の兒玉正剛さんらが務めました。

甲子園塾の実施にあたり日本高野連が重視していることは三つあります。
①体罰や暴言によらない適切な指導法を追求する
②甲子園で実績ある監督らを講師とし、技術的な指導力を高める
③他都道府県の指導者たちと積極的にコミュニケーションを図る
講義・講習の内容は以下の通りです。これらは開講当初からほぼ変わっていません。(丸カッコ内は24年度の担当講師)
甲子園塾の日程
第1日 | 開講式 塾長あいさつ(正木) 座学 都道府県高校野球連盟の役割(根岸・兒玉) 座学 指導者としての基本的な考え方(比嘉・福田、小倉) 座学 部活動の役割と課題(根岸・兒玉) 座学 部員とのコミュニケーションの図り方(比嘉・福田、正木、小倉) 座学 「高校野球を未来へつなぐために」(尾崎泰輔・日本高野連審判規則委員長) 班別・全体討議 新入部員の指導について |
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第2日 | 実技 キャッチボール、トスバッティング、バント練習(比嘉・福田、正木、小倉) 実技 内野・外野ノック(比嘉・福田、正木、小倉 実技 打撃の基本(小倉) 実技 投手の指導ほか(比嘉・福田) 座学 「不祥事件の取り扱いと防止」(尾上良宏・日本高野連審議委員長) 班別・全体討議 「体罰のない高校野球を目指して」 |
第3日 | 実技 走塁の基本(比嘉・福田、正木、小倉) 実技 受講生によるノック実践練習 質疑応答 実技指導の全般について 閉講式 講評(寶馨・日本高野連会長)ほか |
三つのチェックポイント
開講式で、塾長の正木さんは、講座の主な目的は体罰や暴言をなくすことだと強調しました。「簡単な内野ゴロを捕れなかった選手に『なぜ、エラーした?』と叱るように言うのではなく、『どうすれば、きちんとアウトにできるか?』と聞けば、『目線を切らない』『出だしの一歩を早くする』など、自分で考えてから答えるはず。質問の仕方を変えてみてください」。また、「高校野球は2年半しかない。短期間で成果を挙げようとせず、長い目でみる。学習、生活、野球それぞれの面で大切だと思うことを、心のこもった言葉遣いで、何度でも粘り強く語りかけてください」と呼びかけました。
「不祥事件の取り扱いと防止」の題で講義した日本高野連審議委員長の尾上良宏さんは、まずは戦前に学生野球人気の高まり等があって野球統制令が敷かれ、終戦後間もなく学生野球憲章が制定された歴史、そして2010年の憲章改正で高校、大学野球は「学校教育の一環」だと位置づけられた経緯をよく学んでほしいと伝えました。
そのうえで、体罰や暴言などの行為を引き起こさないため、自分自身でチェックできる三つのポイントを紹介しました。
①その行為は必要か?
②その行為は適法か?/(適法であっても)その行為は適正か?相当か?
③その行為について説明責任を果たせるか?
例えば、
①守備練習で捕球ミスをしたから、罰としてグラウンドを走らせる
――「捕球ミスに対してグラウンドを走らせることに必然性はあるでしょうか」
②ランニングを1周ごまかしたから、罰として2周走らせる
――「ごまかした1周だけなら相当でしょうが、2周はどうでしょうか」
③練習試合で捕球ミスした選手を1時間、走らせる
――「もし相当であると思うなら、その理由をきちんと説明できるでしょうか」
といった具合です。
「授業中、生徒に暴力をふるうようなことは決してしないでしょう。なぜ、部活動中だと手を出すのか、説明がつきません。物事としては単純なのです。よく考えてみてください」と尾上さんは問いかけました。
原因と防止策を議論して発表
2日目の尾上さんの講義のあと、受講生たちはグループに分かれ、「なぜ、体罰・暴言が起きるのか?」「どのようにして、体罰・暴言をなくすか?」について討議し、グループごとに発表しました。主な内容は以下の通りです。

なぜ、体罰・暴言が起きるのか?
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- 起きやすいのは、「試合に勝ちたい気持ちが強い」時、もしくは「自分の言うことを聞かないことを許せない」時。
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- 過度な責任感を抱く。周りからのプレッシャー、選手、保護者、学校、OBからの期待に応えねばという責任感から、過敏になる。意欲を引き出そうと厳格な姿勢になって話すことがあり、選手からすると、高圧的に感じられる話し方になっているかもしれない。
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- 知識不足。体罰の事例が示されているのに知らない、これくらいなら大丈夫だろうと自己判断してしまう。体罰をしたくてしている人はいないと思うが、自覚がない可能性はある。軽く耳をつねる、正座させて反省しろと言うのも、生徒の心身に大きな苦痛を与えることがある。そういう行為は体罰に該当しないと思い込んでいる。感情をコントロールできない、矯正できないというスキル不足もある。
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- 体罰が問題になるのは教育現場がほとんど。一般企業でも、学校の職員室でも、仕事に失敗して上司に殴られるようなことは、決してない。それは、大人同士で指導されて言われれば、分かること、直せることだから。教育現場では大人と子どもという関係性があり、未熟な高校生に手を出せば言うことを聞くという面もある。しかしそれは、教員側にとって楽なだけの解決手段だ。
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- 言葉の引き出しの少なさ、自分がイライラしているのを生徒にぶつけてしまう、という構造的な問題がある。どうすれば、エラーしないのか、捕れるようになるのかを指導するのではなく、エラーしたことを強く非難してしまう。生徒は、野球をうまくなりたいと思うのではなく、どうすれば怒られないかばかりを考えてしまう。野球を楽しいものだと思わなくなる。
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- 生徒に守らせたい、やらせたいという指導者の思い込みが強い時。高校野球は2年半しかない、恐怖を与えてしまおうと考える時。
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- 大人が当たり前だと思うことが、高校生にすると、当たり前ではない。ずれが生じているところで、「何で分からないんだ」「できないんだ」と言ってしまうと、怒りや感情的なところに行き着いてしまう。
どのようにして、体罰・暴言をなくすか?
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- かっとなった一瞬、自分を客観視できること。それもスキルの一つ。不祥事件を起こさないための3条件――①必要か②適法か③説明責任を果たせるか――を、ぱっと瞬間的に、自分に問いかけることができるかどうか。
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- 日本学生野球憲章をしっかり読む。
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- 体罰と教育は真逆のもの、体罰は恐怖で支配するものだ。生徒あっての指導者であるということを正しく理解する。
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- 変えないこと、変えねばならないことを見極める。体罰の捉え方は変わってきているもので、教育に関するアップデートがいる。
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- 個人のモチベーションを上げるというのは、野球以外でも大事なこと。やる気を引き出すところを勝負として楽しんで、ポジティブに、競い合いをするように。うちの生徒はこんなに目がキラキラしていると言われるように。公式戦で1勝もしたことがなくても、みんなが楽しそうに野球をしているようなチームもある。体罰とは無縁だろう。
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- 決まり事を破った、やってはいけないことをした生徒に、強めの言葉で注意することはある。ただし、その生徒の様子をフォローするよう他の生徒に伝えたり、自分も様子をよく観察したりするようにしている。その際、説明責任が果たせれば、よい。
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- ミスした、怠慢なプレーがあれば、すべて私の責任だと割り切るよう心がけている。生徒に非はない、自分の指導力不足でそういうプレーが起きる。クラス担任としても、同じように考え取り組んでいる。
技術指導でも大切な声掛け・笑顔

甲子園塾の技術指導では、どの講師も、自チームの練習方法を紹介しながら、具体的に教えています。
キャッチボールでは、小倉さんは地面にひざをついて投げる方法もあると紹介し、「上半身の使い方がうまくなる」と話しました。比嘉さんは「より現実に近い動きで」とウオーキングキャッチボールのやり方を実践。捕ってから投げるまでのリズムを最初は「1,2,3,4」とゆっくり、しだいに「1,2,3」「1,2」と早めていくようにと指導しました。

素振りやティーバッティングでは、小倉さんは〝バットが水平に振れているか〟を常にチェックしてあげることが大切だと指摘し、「だんだん良くなり変わってきたら、『ナイス!!』と声をかけましょう」と。100球打つ場合、ただ淡々と100球をこなすのではなく、最初は40球続けて打ち、しだいに30球、20球、10球と少なく刻んでいく方法もあるといい、「数が少なくなると、スイングの正確さが増します。楽しくなるし、目の色もだんだん変わってくる」と話しました。
さらに、「うまくできなかったことが、だんだんできるようになれば、自然と笑顔になり、笑いが起き、声もよく出るようになる。私は選手たちによく話しかけ、常に良い雰囲気をつくることを心がけてきました」と、小倉さんは技術指導においても選手とのコミュニケーションの大切さであることを伝えました。
春夏の甲子園で活躍したベテラン指導者から手ほどきを受けられる機会でもあり、3日間の座学と実技に臨む若い指導者たちの姿勢は真剣そのものでした。

受講者らは、次のように感想を話しています。
佐々木宥耶さん(32)=東京・岩倉(責任教師)
「講師の方々は、自分たちがやってきたことを包み隠さず、ありのままに、失敗や苦い経験も含めて話してくれました。生徒と一緒になって、悩んだり喜んだりしながら、取り組んでおられる。練習内容は特別なものではないが、伝え方、角度が違う。大切なことを粘り強く、何度も何度も伝えようとすることが大切だと再認識できました」
寺田勢哉さん(29)=宮崎県立門川(監督)
「3日間、同じような境遇の指導者と共に学び、都道府県や年齢は違っても、全員が高校野球への情熱を持っていると感じました。共感できたり、自分も負けられないという気持ちになったり、奮い立たせることができました。甲子園塾で学んだことを生かし、どんな選手でも、どんな学校でも、本気になって向き合えば甲子園を目指すことができる。実践していきます」
