インタビュー

2024年11月15日

「食べる力」がチームを強くする

日本高野連・海老久美子理事

日本高野連理事・海老久美子理事さん

日本高野連の理事には、元高校球児だけでなく多様なバックグラウンドをお持ちの方に就任いただいています。2021年に理事に就任された海老久美子さんは、公認スポーツ栄養士の草分け的存在の方。野球をはじめ多様な競技を、食や栄養の面から支援されています。全国の高校で栄養指導をするなど高校野球との関わりも深く、日本高野連が実施する「高校野球200年構想」での栄養セミナーの開催にも尽力していただいています。

海老さんに、栄養学の研究者として見てきた高校野球部の実態や、公認スポーツ栄養士の役割について、お伺いしました。

選手に食の深さを理解してもらいたい

――公認スポーツ栄養士になられた経緯は。

父は岩手県で高校野球部や少年野球チームの監督などを務め、強烈な巨人ファンでした。私の誕生日8月9日を「やきゅうの日だ」というほどの野球好きで、子どものころから野球はとても身近にありました。

その父の勧めもあり、大学では管理栄養士を目指しました。卒業後はスポーツ選手のトレーナーを派遣する会社に入り、1990年ごろからスポーツ選手、特に野球選手の食事面のサポートをしていました。

当時はまだ「食育」という言葉もない時代でした。親が作ったものを食べるだけの高校球児に「食べさせられていては強くなれない」と説き、実際に料理することも経験してもらいました。しかし、父母、特にお父さんから「家庭科を学ばせるために、野球をやらせているわけじゃない」と強く反発されることがありました。毎日の食事からは、栄養素だけではなくさまざまな感性を得ています。子どもたちが自分で料理をしてみることで、毎日食事を用意する手間や苦労を実感し、改めてありがたく味わうことができます。それが、食事の美味しさや食欲にもつながります。このような食の「深さ」を理解してもらおうと、粘り強く説得しました。

大学での調理実習

選手が食の大切さを実感し続けるための工夫が必要だと考え、ベースボール・マガジン社が発刊する雑誌「ベースボール・クリニック」に、「球児のための食卓革命」という原稿を持ち込み、載せてもらったのもこの頃(94年)です。同誌では別の形の連載が今も続いています。

公認スポーツ栄養士は、日本スポーツ協会と日本スポーツ栄養学会の共同認定資格として2008年より養成がスタートし、私は09年に資格を取得しました。

現在この資格は、管理栄養士の資格を持つ人が、共通科目を150時間履修して課題レポートなどを提出し、専門科目として年3回の講習を受け、さらにはインターンシップを計116.5時間以上行う必要があります。これを5年以内にすべて取得しないと、資格を得られません。管理栄養士は全国で8831人(23年厚労省統計)いるうち、公認スポーツ栄養士の資格取得者は522人(23年日本スポーツ協会統計)です。

オリンピック帯同を機に「野球食」を出版

――公認スポーツ栄養士としての活動は。

公認スポーツ栄養士としての仕事は多岐にわたります。フリーランスの方もいますが、私のように研究教育機関に所属していたり、委託給食会社や病院・診療所、保健所など行政に席を置いたりして活動している方もいます。スポーツ栄養マネジメントを基に、選手やチームなどに対する講習会、家族や調理担当者を対象とするセミナー、栄養相談やカウンセリング、特定のチームの依頼を受けての、食事の調査や栄養サポート、身体組成の測定、練習と連動した栄養補給・行動計画の作成などを行っています。

00年のシドニー五輪の際、全日本野球チームの管理栄養士として帯同させていただきました。当時のチーム構成はプロと社会人、大学との混成で、食への取り組み方はさまざまでした。トップクラスでも食事への意識が薄い選手もおり、食の大切さをより一層知ってもらわないと、と危機感を持ったことが、01年に出版した「野球食」(ベースボール・マガジン社)を著す原動力になりました。読んだ方が「実践して体作りに取り組んでいます」と言ってくれたのはとてもうれしかったですね。

「ベースボール・クリニック」で現在も続く連載「ベースボール・クリニック」で現在も続く連載
(ベースボール・マガジン社提供)

筋トレだけで筋肉はつかない

――高校球児の栄養と食生活管理の重要性は。

成長と健康を守る三つの要素は「身体活動」「栄養補給」「休養・睡眠」です。

アスリートの食事には
・心身を作り、疲労回復などコンディショニングのための食事
・パフォーマンスを最大限に発揮するための食事
・けがや故障の予防と改善のための食事
といった意味があります。競技によって消費するエネルギーは差がありますから、当然、求められる栄養素、摂取量も違ってきます。

選手たちは筋肉をつけるために、トレーニングを行いますが、いくら優れたプログラムに基づいたとしても筋トレだけで筋肉は付きません。それなら、たくさん食べればいいと思いがちですが、食べるためにも体力が必要です。そして十分な休養が必要です、練習で疲れ切って食欲がない、いくら食べても太れないと感じている選手は少なくありません。特に中学から高校に上がってきたばかりの1年生は、運動と栄養と休養のバランスをチェックする必要があります。

基本に忠実に取り組むことの大切さは、グラウンドでの練習と同じです。かつては、体を大きくするために、ご飯ばかりを「今日は何合食べろ」と間違った食生活を勧める指導者もいました。選手として成長するためには、自宅でも親任せにせず、自分自身でしっかり興味を持って、何を食べないといけないかを選ぶ能力を身につけることが必要です。

球児の食事調査をしていて気になるのは、肉類に偏っている場合が多いことです。魚や海藻、きのこなどの乾物、青菜、豆類、根菜類、発酵食品などをまんべんなく、「おいしく食べる力」が重要です。

年間栄養サポート実施高校で選手・保護者を対象に講義

食事も練習という意識を

――高校野球との関わりは。高校球児に伝えたいことは。

現場で指導を始めた頃に選手だった方が、今では指導者になっているくらい、高校野球とは長く関わってきました。日本高野連とは、04年に選抜大会と選手権大会で出場選手を対象に実施した食生活に関する調査をきっかけに縁ができました。21年からは理事として関わっていますが、食事とともに、熱中症対策などでも参考になる意見を伝えていければと考えています。実は、水分補給も1年生が一番足りていないのです。練習についていくのが精いっぱいなのでしょう。指導者や上級生が飲むように言ってあげて欲しいです。

日本高野連が実施している200年構想は、選手たちが安全に長くプレーできる環境作りのためのプロジェクトですが、その一環として今年度より、栄養講座をスタートさせています。全国各地の公認スポーツ栄養士が、球児や指導者、保護者を対象に栄養についてのセミナーを行います。地元の公認スポーツ栄養士と都道府県高野連をつなぐことで、公認スポーツ栄養士の活躍の場を広げ、地域に根ざした持続可能な活動にしていければと思います。

対象はこれから高校球児となる中学生、高校球児とその指導者・保護者です。高校球児では、特にまだ体ができ上がっていない1、2年生に「食べる力」をつけてもらうことを、しっかり伝えていければと考えています。

ある高校の監督が、「野球の基本はグラウンド整備にある」と言われていました。「グラウンド整備が丁寧な代は強い」と。野球という競技はグラウンドの土や天気に左右されるなど、農業との親和性も強いのでしょう。球児たちには、地元の農産物をはじめ、地域の食環境に関心や誇りを持ち、食生活も含めた練習という意識を育んでいけたらと思います。

海老 久美子(えび・くみこ)
1962年8月9日生まれ、神奈川県出身。
大妻女子大学家政学部食物学科卒、甲子園大学大学院栄養学研究科修了。
管理栄養士、公認スポーツ栄養士。国立スポーツ科学センター(現ハイパフォーマンススポーツセンター)研究員などを経て、10年立命館大スポーツ健康科学部教授。全日本野球協会評議員。
高校野球のみならず野球日本代表、社会人野球のほか、様々な種目の様々なステージの選手の栄養サポートを担当。21年5月から日本高野連理事。

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